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2012/13シーズンの男子ジャイアント・スラロームは、テッド・リガティによって完全制圧された。
ワールドカップでは8戦6勝で3年連続4回目の種目別優勝に輝き
シュラドミング世界選手権でも優勝し、金メダルを獲得した。
文字どおりのミスターGS。その圧倒的強さは、インゲマル・ステンマルクやアルベルト・トンバといった

偉大な先輩たちの域に近づきつつある。
そうした彼の強さの背景には、今季から導入されたGSスキーの新ルールがある。
R35 と呼ばれる新スキーの特性をいち早くつかみ、その攻略に成功したリガティ。
彼の2012/13シーズンを振り返りながら、新時代のジャイアント・スラロームを考えてみよう。

『月刊スキージャーナル2013年6月号』に掲載した記事を再構成したものです。

2012/13シーズンのワールドカップは、例年どおりセルデン(オーストリア)のジャイアント・スラロームから始まった。このレースは、GSスキーの新ルール、いわゆるR35が導入されてから初めて行なわれるワールドカップでもあった。したがって開幕戦を誰が制するのかという勝負への興味とともに、トップレーサーたちが新しいGSスキーをどのように乗りこなすのかという技術的な点にも大きな注目が集まった。
男子GSの開幕戦で優勝したのは、テッド・リガティ(アメリカ)。彼にとって通算12回目のワールドカップ優勝だった。その実績からすれば順当な勝利と言えるだろうが、驚くべきは2位の選手とのすさまじいタイム差である。リガティは2位マンフレッド・メルク(イタリア)に対し、実に2秒75もの大差をつけて圧勝したのだ。男子GSにおける2秒75差は、ワールドカップ史上6番目に大きなタイム差。トップ5はいずれも今から30年以上もさかのぼる1970年代の記録。そのうち3つは、あのインゲマル・ステンマルク(スウェーデン)によって作られたものだ。技術や用具が進化し、コース状況も当時と比べれば格段に整備された現代のレースにおいて、これほどの大差がつくというのは、ほとんど奇跡に近いと言ってよいだろう。あまりに圧倒的な勝利に衝撃を受け、レース後私はその興奮にまかせて「RS35㍍と2秒75差ーテッド・リガティのGS開幕戦圧勝が意味するもの」というタイトルで、ウェブ上にレポートを書いた。一部内容は重複するが、今回のこの原稿をより理解していただくためにも、機会があればぜひご一読いただければと思う。

テッド・リガティ_2012_13アデルボーデンGS01_2400.jp

カービングターンへの美学

FIS(国際スキー連盟)がGS用のスキー板に関するレギュレーション変更を発表したのは、2011年の夏のことである。スキー板の長さが185cm以上、サイドカットのR(回転半径)が27m以上だった従来の規定を、それぞれ195cm以上、40m以上に変更するというのだ。理由は競技の安全性を高め、レーサーの負傷、とりわけ膝関節の負傷を減少させることだった。21世紀に入って以来、カービングスキーの普及とともに、いわゆるミスカービングが原因で膝の前十字靭帯を断裂する重傷事故が多発。これによって長期にわたって戦線を離脱したり、選手生命を絶たれてしまう選手も少なくなかったからだ。こうした事態を打開しようと、FISはスキー傷害防止のワーキンググループを作り、ザルツプルク大学との共同研究を続けた。そしてアルペンレーサーをリスクから守るためのひとつの方策として、GSスキーの形状に関する新しい規定を打ち出したのだ。全長を長くし、サイドカットの曲線が描く円の半径をより大きくすることで、エッジの食い込みすぎを防ぐ、というのがそのねらいであった。しかし、多くの選手がこれに反発した。なかでももっとも強硬に反対の声を挙げたのがテッド·リガティだった。
「新規定によるR40のスキー板では、現在のような切れの良いカービングターンはもはや不可能だ。スキー板は極端に曲げにくくなり、それを無理矢理ターンさせるためには、カービングスキーの登場以前のようにスキー板をずらさざるを得ない。FISは時計の針を昔に戻し、GS競技を1980年代にタイムスリップさせようというのか?」
彼の舌鋒は鋭く、その行動は過激だった。あらゆるチャンネルを通じて積極的に発言し、選手たちの連帯を求めた。インターネット上で新規定反対の署名活動も行なった。
彼がここまで強硬に反対したのは、最先端のGS技術に対する強烈な美学と自負を抱いているからだろう。美しいアーク(円弧)を描く究極のターン。それはアスリートのたゆまぬ努力とマテリアルの進化が融合して獲得した現代スキー技術の到達点と言える。レースでタイムを競い合うのと同時に、リガティはひとつひとつのターンの質に対しても強いこだわりを持っていた。だから、どうしてここからあと戻りをしなければいけないのか。そこが彼にはどうしても納得いかなかったのである。

 

さらにリガティは、GSスキーのサイドカット半径を大きくすることが、はたしてケガのリスクを減らせるのか、という点にも疑間を呈した。メーカーの開発担当者、各国コーチ、ワールドカップレーサーなど多くのスキー関係者に意見を聞き、さらに自分の経験と感覚に照らし合わせてみた。そして導き出された答えはNOだった。だとすれば、何のためにルールを変えなければいけないのか?
一時期、リガティとFISはかなり激しく火花を散らした。強いリーダーシップで先頭に立ち、この新レギュレーション作成を指揮してきたFISチーフレースディレクターのギュンター・フヤラは、
「もし私がテッド·リガティの立場ならば、同じように反対しただろう。なぜなら彼は現行のルールのもとで3度もGSチャンピオンになっているからだ。その優位を保ちたいと考えることは当然といえる。しかし、これは安全性の問題だ。すでに決定したことだから、今さら変えるわけにはいかない」とリガティの意見に一定の理解を示しつつも、結局のところ突っばねた。


 

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一方リガティはリガティで、
「スキースポーツにとって、このルール変更
は自殺行為に等しい。フェラーリで戦っているF1レーサーに、これからはプリウスで走れというのと同じことだ」とFISを皮肉り、
「まるで独裁政治そのものだ」と強烈に批判した。

こうした彼の言動は、やがて多くの選手仲間の共感を呼び、ついにはFISをも動かした。最終的にはワールドカップレーサーのほとんどが彼の意見に賛同し、FISに対する嘆願書に署名を行なったという。これを受けたFISはサイドカットの半径を当初の40mではなく35mにする折衷案を提示した。この新規定R35は、段階的に施行するとされ、初年度の2012/13シーズンには、まずワールドカップ、世界選手権、ジュニア世界選手権のカテゴリーで適用されることになった。ひょっとしたら、FISはあらかじめ選手たちの反発を予想し、あえてR40という極端な数字を発表したのかもしれない。そして両者の主張の間を取ってR35を落としどころとした。勘ぐればそんな気もしないではないが、いずれにしてもGS競技はスキーの長さ195cm以上、R35m以上という新ルールによってスタートした。そしてその最初のレースで、リガティは2位に2秒75という常識破りのタイム差をつけ、圧倒的な強さを見せつけたのである。

R35へのすばやい対応

リガティは、FISに対してひるむことなく自分の意見を主張したが、もちろんただ文句を付けていただけではない。言うべきことは言いつつ、その一方では新ルールへの対策も着々と進めていた。R40のGSスキーはどんな特性を持つのか、それはGSという競技にどのような影響を与えるのか、自らの滑りで詳細に確認した。その主張がFISを動かすほどに説得力を持ったのは、彼がそうした地道な検証を重ねていたからにほかならない。そしてR40がR35に変更されることが決まってからは、いち早くその対応に取り組んだ。自分が中心となって声を上げたことで、ルールが変わった。であればこそ、自分がその新ルールにつぶされるわけにはいかない。「サイドカットの半径が大きくなると自分が不利になるから、あんなに強く反対しているのだろう」などとは絶対に思われたくなかった。そう考えたリガティは、ほかの誰よりも早く、周到な準備を進めたのである。
「新しいスキー板は、ほかの選手に比べてターンを早く始めて遅く仕上げる僕のGSスタイルには有利となるだろう」。意外にもリガティはこう述べている。自分が反対しているルール変更が、実は自分自身にとって利益をもたらすというのだ。
「ルールを変えることが、ある選手にとっては有利になり、ある選手にとっては不利になるとすれば、それは悪いルール変更だ。だからこそ僕はこのFISの決定に反対したのだ」と、彼は言葉を続ける。こうした柔軟なフラットな思考も、リガティの大きな武器と言えるだろう。

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新ルールの施行が決定されると、彼はひとまずFISに対する矛を収めた。そしてその情熱とエネルギーを、R35のGSスキーをいかに乗りこなすかに注いだのだ
「僕のターンは、たとえばマルセル·ヒルシャーのそれよりも、もともとターン半径が大きかった。彼はターンの導入でスキー板を切り込ませ、そのリバウンドを加速につなげる。従来のR27ではその技術が有効だったが、新しいスキー板ではそれと同じ効果は望めない」
「スキー板をできるだけ身体から離してエッジングをする。それがサイドカットの緩やかな新スキーでは重要になる。仮に同じ半径のターンをしようとするならば新スキーではより深いエッジング角度が必要で、僕の滑りはもともとそういうタイプだったから、新スキーでもアドバンテージを得ることができたのだと思う」。新スキーと彼のスキースタイルについて、リガティはこう語る。シーズンの前半、多くのレーサーがR27からの移行に苦労しているのを尻目に、いち早くR35を乗りこなし連戦連勝だったリガティ。第2戦1秒76、第4戦2秒04、第5戦1秒15と、いずれもこれまでならばめったにないほどの大差である。彼がこれほど強烈なスタートダッシュをかけられたことの説明として、これらの言葉はきわめて興味深い。

シーズンの中盤以降、リガティと2位とのタイム差はしだいに小さくなっていった。相変わらず彼が勝ち続けたが、ほかの選手もR35を乗りこなし始めたのだろう。なかでもマルセル·ヒル・シャーとアレクシー・パントュロー(フランス)は、強力なライバルとなった。ヒルシャーはリガティが苦手とするヴァル·ディゼールで優勝したほか、ほとんどのレースで2位となって彼を迫い詰めた。また、パントュローはガルミッシュ・パルテンキルヘンでリガティを3位に追いやって優勝している。最終的にはこの3人がGS種目別におけるトップ3を形成。その速さと滑りの完成度の点で、第1シードのなかでもほかの選手たちとは格の違いを見せつけた。


 

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スラローマーの台頭


R35元年の2012/13シーズン、多くのトップレーサーたちが苦しみ試行錯誤しながら、新スキーへの対応に挑んだ。それを克服した選手はランキングを上げ、そうでない選手は不本意な成績でシーズンを終えた。用具の変化が勢力図を変える例はこれまでも何度かあったが、今回も同様の“地殻変動如がこの種目に起こりつつあるようだ。状況は混沌としており、まだまだ流動的だが、おぼろげながら見えてきたことがひとつだけある。それは、R35によって純枠なGSスペシャリストと高速系寄りオールラウンダーが苦労し、対照的にもともとスラロームを得意としていた選手たちの台頭が目立っているということだ。これについて2012/BシーズンのダウンヒルとスーパーGの種目別チャンピオンとなったアクセル・ルンド.スヴィンダル(ノルウェー)は、

「新しいGSスキーは、サイドカットが直線的になり、形状的にスーパーGのスキーに近づいた。本来ならばスピードレーサーにとって有利な規定変更のはずだ。だが、不思議なことに僕以外のスピードレーサーは皆ランキングを下げてしまった」と語っている。

一方、この1シーズンで大きくGSのランキングを上げたフェリックス・ノイロイター (ドイツ)はスラローマーにとってのR35について次のように語った。

「R35のスキー板を乗りこなすためには、これまでのスキー板よりも積極的に滑る必要がある。スキー板に乗り込んでいくというよりも、もっとアグレッシブにすばやく自分から動いていかないとならないのだ。もともとスラロームはそういうタイプの種目なので、スラロームレーサーにとってR35は扱いやすいスキー板という気がする」

こうした傾向が来季以降も続くのか、あるいは今季だけの一過性のものだったのか、なかなか判断はむずかしい。しかし、今後もリガティがGS種目をリードしていくことだけは、容易に想像できる。それほど現在の彼の強さは際立っているということだ。

「いつもテッドの滑りを参考に技術的ヒントを探している。今日ホテルに戻ったら、もう一度彼のビデオをチェックして速さの秘密を探ってみるよ」。
アルタ·バディアのGS終了後、ヒルシャーはこう言ってリガティの強さに敬意を表した。こんな気持ちを抱いたのはヒルシャーだけではない。多くの選手がリガティの滑りからR35のスキー攻略の糸口を探したことだろう。だが、それでもなお、リガティの牙城を崩すことはできなかった。おそらく来シーズン、ライバルたちはこれまで以上に打倒リガティに燃える。そして彼らの挑戦をリガティは敢然と受けて立つ。そこではより激しい戦いが展開されるはずだ。R35の新スキーが導入されたことで、ジャイアント·スラロームは新しい時代の扉を開け、また一段高いレベルに押し上げられたことはたしかだろう。