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丸ごと書き起こし(ICI石井スポーツ カスタムフェア)
湯浅直樹+加藤聖五+佐々木明トークショー

約2カ月間に渡って、各地で展開されたICI石井スポーツ カスタムフェア。

今季の全国キャラバンのファイナルとなった五反田会場では、

7月22日日本を代表する新旧3人のスキーヤーによるトークショーが行われました。

ワールドカップの表彰台に立った経験を持つ佐々木明と湯浅直樹、

そして次期オリンピックに向けた「北京世代」として期待の集まる加藤聖五。

新たな4年に向けてマテリアルをアトミックに一新した湯浅直樹のお披露目ともなった約1時間の模様を

ほぼ完全に文字起こししました。

日本アルペン界を代表するOB、ベテラン、そして期待の新鋭による

トークショーを丸ごとお届けします。

 

 

取材協力:アメアスポーツジャパン㈱

司会:皆さん、今日はよろしくお願いたします。まずご紹介するのは佐々木明さんです。ギリギリまで姿が見えなかったので心配しましたが…。
佐々木:どきどきさせてすみません。

(拍手)
司会:続きまして、お待たせしました。日本を代表するアルペンレーサー、湯浅直樹選手です。
(拍手)
佐々木:やってきましたね。
司会:これまではなかなか湯浅選手をお呼びする機会がありませんでしたが、今回初めてトークショーに参加していただけることになりました。
湯浅:よろしくお願いします。
(拍手)
司会:続きまして、若手を代表してナショナルチームからきていただきました。加藤聖五選手です。今日は野沢温泉の方から朝早く来ていただきました。
加藤:よろしくお願いします。
(拍手)
司会:加藤選手、どうですか、会場の雰囲気は?
加藤:いやあ、僕もトークショーに出るのは初めてなのでちょっと、だいぶ緊張しています。
司会:そうですよね。佐々木さん、湯浅さんに囲まれてトークするなんてドキドキしちゃいますよね。
加藤:僕なんかでいいんですかね?
司会:いいんです。たぶん明さんがお上手なんで、リードしてくれますよ。そんなわけで皆さん座っていただいて、お話を始めていきたいと思います。皆さん、よろしくお願いします。
(拍手)


 

7月1日付けでアトミックへのマテリアルチェンジを発表した湯浅直樹

司会:さあ、ということで湯浅選手が歴史的マテリアルチェンジということで、これまでは20年間同じスキーをはいてこられたということなんですが。
佐々木:20年!
司会:20年ですよね。
佐々木:僕はてっきりサロモンに来ると思っていたんですよ(笑)。そしたら同じアメアグループでも、そっち(アトミック)に行った(笑)。やっぱり赤いほうがよかったということ?
湯浅:いやいや、あのーそういうわけではないんですけど…、いろいろあったんです。
司会:20年ということですが、そういえば加藤選手は今20歳ですよね。
加藤:はい。
佐々木:そうだよ。
司会:つまり、聖五が生まれたときから現在に至るまで使ってきた用具を、今回変えて新なスタートを切ったということですね。
佐々木:長かったですね。
湯浅:でもハートからアトミックに移ったのは、加藤選手の方が先。だから彼は先輩なんですよ。
佐々木:なるほどね。聖五もずっとハートで育ってきて、それでアトミックに変えたんだ。
司会:そう。高校生になるときに変えて、そして高校はオーストリアに行ったんですね。
加藤:そうです。シュラドミングのスキーアカデミーに4年間行っていました。
司会:で、また日本に戻ってきてナショナルチームに入ったということですね。
佐々木さんは湯浅選手と長いことヨーロッパを中心に戦ってきたわけですけど、そんななかでのエピソードもたくさんあるでしょう?
佐々木:エピソードあったっけ?
湯浅:いや人様に言えるようなものは…。
司会:でも外から見ていると、おふたりはすごく対照的なイメージがありますが、佐々木さんはすごくオープンな感じで…。
佐々木:湯浅はクローズですか?
司会:いやクローズではなくて、ストイックな、なんだろう、内に秘めたものがものすごいという。
佐々木:いや本当、湯浅はサムライですよね。僕はそんな湯浅に憧れて、サインには必ず「侍」って書いていますからね。
司会:そんな佐々木さんといえば、あれは2003年でしたか、ウェンゲンでの65番スタートからの2位入賞。あれは衝撃的なレースでした。Youtubeで映像を見る
佐々木:あのー、ちょっと話は変わるんですけど、そのとき湯浅がどんな気持ちだったか知りたい。たとえば僕なんかは、賢太郎さん(皆川賢太郎)がキッツビュールでいきなり6位になったときには「すごいな」じゃなかったんです。「ちくしょー、やられた」でした。きっと湯浅もそんな気持ちじゃなかったかと思うんだけど、どう?
湯浅:私はあのー、明さんが2番に入ったときにはヘルニアで入院していたんです。2カ月間入院していて、ひとりではまったくベッドから起き上がれないような状態だったんです。あれは、日本時間では夜中でしたよね。テレビで明さんが2位になった瞬間を見ていました。もともと前評判も高くて、世界で活躍するというのはわかっていたんですけど、ついに来るべき時が来たんだなと興奮しました。「もうこれは誰にも止められないな」と。
司会:あのときは100分の4秒差でしたよね、1位とは。
佐々木:でも惜しくはないんですよ、あのレースは。
司会:そうなんですか?

 

2003年1月19日 ウェンゲンのワールドカップ・スラロームで2位になったときの佐々木明。65番スタートからの衝撃的な世界デビューだった

佐々木:(優勝した)ジョルジオ・ロッカのあの2本目を見ると、選手としてはけっこう完敗した感覚なんですよ。最後の最後にチャージをかけて、それを成功させたロッカと、上から下まで全力で行ってあれがマックスだった僕とでは、やはり違う。中間タイムでは僕がリードしていて、勝ったと思ったところで100分の4秒やられたといいうのは、フィジカル面だったと思うんです。体力が足りていなかったから。
司会:なるほどね。やっぱり見ていてヨーロッパの中で、ああいう衝撃的なレースをすると、ファンの受け止め方もすごいんでしょうね。
佐々木:そうですね。熱狂ぶりもすごかったけれど、次の日には、それまで借りられなかった家も借りることができたし、銀行口座を作ることもできた。しかもゴールドカードまでつけてくれて(笑)。
司会:周囲の対応が違うわけですね。
佐々木:まったく違いましたね。レストランに行ったらただになるし。
司会:湯浅選手がマテリアルを変えるからとアトミックの本社に連絡したら、基本的に今アトミックは若手選手にシフトしているなかで、湯浅選手は35歳。年齢的にどうかなと思ったら、ヨーロッパでは、やはりものすごく高く評価されているんですね。
佐々木:そうです。湯浅のスタイルはね。俺だっていちかばちだったけど、湯浅のイチかバチかはそれ以上。途中までぶっちぎりで速いんだけど最後に「おいっ!」っていうのがけっこうあるでしょう(笑)。だからここにいる皆さんの中にも「おいっ!」て叫んだ人がけっこういると思いますよ、テレビの前で(笑)。
司会:ものすごい人気があるんですよ。ですから契約の細かい話をする前に、本社から契約書が届いちゃいましたから(笑)。それくらいヨーロッパでの人気はすごいのだなと。
そんな湯浅選手の滑り、去年の年末に行われた全日本選手権のスラロームの映像がありましたので、ちょっと見てみましよう。

(全日本選手権スラロームの映像が流れる)

昨年末の全日本選手権スラロームでの湯浅直樹。けっして本調子ではなかったが貫禄の滑りで優勝した

司会:私も現地で見ていましたけど。
佐々木:僕も見てました。
司会:すごかったですね。
佐々木:コースはすごく硬かったよね。
湯浅:もう前の目の雨が降った後、マイナス10度くらいまで急に冷え込んだので、コンディションとしては本当にヨーロッパのワールドカップ並の素晴らしいコースでした。
佐々木:最後の選手までコースは荒れていなかったものね。
司会:見ていて、ものすごく余裕のあるというか、そう感じたのですが、実際滑っていてどうだったのですか?
湯浅:何ていうんですかね、やばい、としか思っていなかったです。「これでいいのか?感」がすごくあったので、勝ててよかったです。
司会:だけど今回から、画期的なシステムに変わりましたよね、全日本選手権も。
佐々木:そうですね。一発勝負。全日本選手権、湯浅にしてもそうだと思うんですけど、今までは正直目をつぶっても勝てるレースだった。でもそれ(オリンピックの出場権)がかかることによって、選手のマインドが上がったと思う。臨み方は確実に変わった。
湯浅:そうですね。
司会:まあ、去年の場合はピョンチャン五輪の代表を決めるという明確なものがありましたからね。
佐々木:今年の全日本選手権は、世界選手権(の代表)がかかるんですよね。
司会:そう、今年は世界選手権をかけたレースになるのですが、去年と同じ阿寒湖スキー場で行われます。
佐々木:ナショナルチームに入っていなくても、勝てば世界選手権に出られるということですから、皆さんにもチャンスありますよ(笑)。
司会:貫禄の滑りという感じでしたね。どうですか、湯浅さん?
湯浅:でも明さんも見ていて感じたと思うんですけど、けっしてこういう大先輩方に見せられるような滑りではなかった。まあ、勝ててよかったという滑りでしたね。
佐々木:勝ててよかったよね。
湯浅:そのひとことです。
佐々木:ゴールでは、多分俺が一番喜んでいたと思う。
司会:これNHKで放映されましたが、今年も同じようにNHKの放送があるそうです。 湯浅選手としては、当面の目標はこの全日本選手権になりますか。
湯浅:そうですね。世界選手権の権利を取らなければならないので、まずはここをめざすことになります。
司会:加藤選手は、このときは残念ながらコースアウトしたので、スラロームの映像がないんですよ。
佐々木:あれ? ネットに突き刺さったという?
司会:そう、石狩川の鮭になっていましたね(笑)。
加藤:そうなんです。映像的には楽しんでもらえたかも(笑)。
佐々木:俺も見ていて、思わず「よし!」って言った。
司会:でも今年は加藤選手にもガチで頑張ってほしいいと思います。
加藤:去年の悔しい思いをバネにして、湯浅さんに勝って優勝して世界選手権に出たいと思います。


 

1998年生まれで現在20歳。次期北京オリンピックでの活躍が期待される加藤聖五

司会:続いて2003年のウェンゲンの映像をご覧になっていただきたいと思います。だいぶ歴史を感じさせる映像ですが、佐々木さんが65番スタートから2位になったレースですね。Youtubeで映像を見る
佐々木:このときまでは、ワールドカップにはウィンスター(Winstar)賞というのがあった。そのレースで一番大まくりした選手に金塊をくれるんです。その前はIWCの時計が賞品だった。
司会:頑張るとそういうご褒美もすごかったわけですね。このときはいていたスキーはさろもんの165cm?
佐々木:165かな? そうですね。
司会:その前が168cm。皆川選手の6位のときは168cm。
佐々木:たぶんそうだったと思います。このときに初めてヘリコプターに乗ったんですよ。
司会:え? 何でですか?
佐々木:ウェンゲンのワールドカップでは、上位3人は表彰式の後、ゴールエリアから記者会見場までヘリで行くんですよ。
司会:そんな話を聞いて、加藤選手どうですか?
加藤:いやあ、もう憧れですね。そういう経験してみたいです。
司会:そうだね。阿寒で鮭になっている場合じゃない(笑)。

遅いスタート順から上位入賞した選手に贈られていたウィンスター賞。賞品は金の延べ板だった

司会:湯浅選手は今回20年ぶりのマテリアルチェンジということですが、初めてですか? 変えたのは。
佐々木:ケスレーはいていたんだよな。
司会:ああ、その前に?
湯浅:ケスレーはいて、ハートをはいてアトミック。
佐々木:俺が初めて会ったときには、ケスレーはいていたもの。
司会:そうなんだ。初めて会ったというのはいつですか?
佐々木:中学生の頃。その後ずっとインターハイとかも一緒に出ていた。
司会:さっきちょっと聞いたら、高校、札幌商業高校(現北海学園札幌高等学校)のときには、スキー部の他にも部活に入っていたそうですね。
湯浅:そうです。陸上部に入っていました。
司会:走り高跳びで全国レベル?
湯浅:中学3年生のときには169cmを跳んで、全国ランキング3位でした。
佐々木:湯浅がすごいのは、ランニングしているじゃないですか、前に走っている状態からそのままバク宙するんですよ(笑)
司会:え? どういうことですか?
佐々木:その場でバク宙じゃない、前に走りながらバク宙。
司会:すごいですね。
佐々木:すごいんですよ。だからそれを見たくてリクエストするんです。「湯浅、いつものお願い!」って。
湯浅:さすがにもう無理ですよ。
司会:若い頃のトレーニング方法と今とではだいぶ変わりましたか?
湯浅:まあ、今日は加藤選手がいるので自分が20歳の頃、どんなことをやっていたかなと振り返ると…、ところで明さんは20歳の頃、どんなことをやっていました?
佐々木 え? ああ、20歳の頃はスケートボードとサーフィンしかやっていなかった(笑)
司会:横乗り系ですね。
湯浅:スキーに影響は?
佐々木:あった。左ターンだけうまくなった(笑)
湯浅:夏、ジュニアキャンプなんかで子どもたちと接するときに、「夏は何やったらいいですか? と聞かれるんですけど、とにかくいろいろなスポーツをやってほしいですね、スキーのためばかりじゃなく、サッカー、バスケットボール、バレーボール、いろいろなことをやってスキーに使えそうだなというものを見つければいいと思います。逆の目線、スキーからの目線じゃなく、他のスポーツからスキーを見たときに、どういう動きをしているのかを考えるといいと思います。まあ、私が20歳のときは、もう本当にゴリゴリ走っていましたけど。
司会:どれくらい走っていたんですか?
湯浅:ほぼ毎日、最低でも30km。
佐々木:もう、ランナーですね。
湯浅:本当に、フルマラソンの選手並みに走っていました。
司会:でも今は年齢的にも変わってきていいますか?
湯浅:そうですね。まず、ドクターストップがかかっていますから。「いいかげん、走るのはやめてくれ」と言われていて、今は自転車とかスイミングにシフトしています。年齢のこともあるし、身体をいたわりながら、どうやったらこれまで以上の成績を出せるかというところにフォーカスして、知恵を絞りたい。
司会:湯浅選手は、東海大学を卒業してレーサーとして活動していたわけですけど、その後中京大学の大学院に進んでいるんですね。そこでは何を学んだのですか?
湯浅:一般的には運動生理学とか、動作の解析とかを研究するの人が多いのですが、私の場合、なぜか歴史に興味を持ってしまって…。
司会:修士論文のテーマは?
湯浅:国体について、とくに戦前・戦後の国民体育大会について書きました。
司会:それは渋いところを狙いましたね。
湯浅:そうですね。ふつうは研究室でも、実際に身体を動かして、それを分析したりするんですけど、私は毎日10時間くらい図書室にこもっていました(笑)。
司会:明さんには、そういう経験はないですよね。
湯浅:勉強したいとは思わないけど、話を聞くのは好きなんですよ。だから湯浅がそういうことを学んでくるじゃないですか。たとえば、彼は歴史だけでなく、宇宙とか天文についてもすごく詳しいんですよ。そういう話を食事のときとかに「あれってどうだっけ? 太陽の光ってどんだけの時間をかけて俺たちの肌に届くんだっけ?」って聞くと
湯浅:8分40秒!!
佐々木:8分40秒らしいですよ(笑)
司会:加藤選手、これからはこんな先輩と付き合っていかなければならないんですよ。まず論文から。野沢温泉に住んでいるんだから、スキー博物館に行って調べたら何か書けるんじゃないかな。
加藤:スキー博物館にはまだ3回くらいしか行ったことないです。
佐々木:それだめだね。もっと通って学ばないと。でも、聖五はね、小学校の頃から知っているから、順調に育ってくれて嬉しいですよ。
司会:そうです、ここからです。そんな佐々木さんも今回ナショナルチームのアドバイザーに就任しましたね。
佐々木:そうなんですよ、アドバイザーになって、聖五たち選手に「全部出しきれ!」ってはっぱをかけるという。合宿にも行くし、国内の合宿のみですけど、そこには参加して、全員のモチベーションをアップさせるというのが、僕の役割です。
加藤:エアロバイクを漕いでいる隣で、明さんが気合を入れてくれるんですけど、ものすごいプレッシャーですよ。
佐々木:アドバイザーになったからには、そうやって選手たちに言うわけじゃないですか? 言うからに自分もやらなければだめだと思って、最近は週720分の有酸素運動をやっている。やっているうちに、マラソンに出たくなるほど。昨日はサーキット・トレーニングを吐くまでやったし。どこを目指しているんですか? っていう感じ。 湯浅もあと2回くらいオリンピック行けるんじゃいですか?
湯浅:2回ですか!? 今からあと2回だと42歳になってしまう(笑)。
佐々木:いや、ありでしょ。ありだって。
司会:最近、フィギュアスケートの高橋大輔選手が復帰宣言しましたからね。復帰しないんですか、そちらの先輩の場合は?
佐々木:僕ですか? いやわかんないですよ(笑)
司会:それで走っているとか?
佐々木:まあ、マスターズも国体もありますからね。
司会:今年の全日本マスターズは、群馬県の尾瀬岩鞍です。
佐々木:岩鞍ですか、あそこのコースはいいですねよね。聖五なんてオリンピックにちょうどいいサイクルで生まれているからね。生まれ年ってあるんですよ、オリンピックには。4回出られるか、2回になるか。聖五は今20歳でしょ、北京オリンピックを23歳で迎えて、次が27歳、その次が31歳…。だいたい23から24歳で、スポーツ選手としてのプライムタイムを迎えるから、それを考慮した強化も必要になってくるんですね。
司会:なるほど。
佐々木:聖五はそれにうまくはまる年齢だね。
司会:ちょうど2020年に苗場でワールドカップが行われることが決まりました。湯浅選手も加藤選手も、そのときには第1シードに上がっていてほしいですね。
佐々木:楽だよね。第1シードで滑ると。どう?
湯浅:私はまだ2レースしか経験がないので…。だけど、何ていうか特別な存在として見られるんですよね、第1シードの選手は。
司会:日本チームも、かつては第1シードにふたり、佐々木さんと皆川さんが入っていた時期がありましたね。
佐々木:第1シードにふたりいて、さらに湯浅がランキング20番くらいにいた。
司会:すごいですよね。今から考えると。
湯浅:ですからアルペンファンの間では、あの時期が日本の黄金時代と言われていますが、やっぱり今を生きている我々としては、いつまでもあれを黄金時代にしておくわけにはいかない。
司会:なるほど、それを超えていくということですね。どうですか聖五くん?
加藤:そ、その予定です。とりあえず、今はまだ日本の誰も成し遂げていない世界で一番ということにかけているので、そこい向かっていけば自然に。
佐々木:そうだよ。そうするために俺もアドバイザーになったわけで。でもあのときが黄金時代と言われているけれど、でも誰も勝てなかった。世界一にはなれなかったので、めざすのはそこじゃないんだよね。

火曜の夜に5万人超の観客が集まるシュラドミングのスラローム。

司会:この写真、シュラドミングのナイトスラロームなんですけど、すごい盛り上がりですよね。
佐々木:本当にすごい。これ週末じゃなく火曜日の夜なんです。
司会:観客は5万人にくらいですか?
佐々木:5万人、6万人。そのうち9割くらいは酔っ払いですから(笑)。
司会:日本チームは比較的このコースを得意としていますね。
佐々木:そうですね。この2日前の日曜日にキッツビュールでスラロームがあるんですけど、キッツビュールの場合はコースは短いかわりに1ターンたりとも素直なターンがない。斜めに落ちたり、斜めに落ちるといっても、すっと落ちるんじゃなくてカックンと落ちたりするから、もう頭がパンクしそうになるんです。でもシュラドミングは、スタートして最初に右に行ってそこから左に多く曲がったあとは急斜面の1枚バーン。急だけど割と攻めやすい。気持ち的に。それと、観客が視界にバーンと入ってくる。
司会:歓声がすごいんですよね。
佐々木:歓声の大きさで、自分が速いか遅いかわかるくらい。
司会:同じことを、マルセル・ヒルシャーも言っていました。そんなことってあるんですね。

ゴールエリアに架かる巨大アーチがグリーンに光ったらその時点でのベストタイム

加藤:最近はゴールに大きなアーチができて、そこの色が変わるんです。ベストタイムだとグリーンに光って、そうじゃないと赤く光る。
司会:ああ、なるほど。さすがシュラドミング在住(笑)。
佐々木:この右の奥の方に住んでいいたんだよね。
加藤:そうです。
司会:さすがだね、そういう情報持っているって。
加藤:で、ここが一番急かと思うと、ゴール直前が一番急なんですよ。
佐々木:急だけど最後に少しでもタイムを稼ぎたくてタイトなラインで攻めるから、けっこうミスする確率も上がる。そんなときに必要になるのがフィジカルの強さ。50秒過ぎたところからどれだけ頑張れるかで勝負が決まる。
司会:これ、歓声が聞こえるものですか?
佐々木:聞こえますよ。それで中間タイムが速かったりすると盛り上がり方が半端ない。ボーンと会場全体が湧く。そうするとノルじゃないですか、攻めるじゃないですか。だから失敗のリスクが上がりますよ。逆に中間タイムが遅いと、オーってため息が漏れる。それで焦ってギアを上げるじゃないですか、結局リスクが上がる。どっちにしてもゴール前がやばいという(笑)。
司会:そんな感じで盛り上がるワールドカップなんですが、2020年の苗場ワールドカップにもこれくらいの観客、5万人くらいの方に来ていただいて。
湯浅:前回の苗場大会(2016年)を会場でご覧になった方、どれくらいいらっしゃいますか?

(会場から手が挙がる)
司会:あ、けっこうたくさんいらっしゃいますね。
湯浅:じゃあ、次回はさらにたくさんの方に来ていただけるよう頑張らないと。
司会:今シーズンは、ステップアップする大事な年になるんでしょうね。
佐々木:いや、オリンピックをひとつの目標とするなら、唯一失敗してもいいのが今シーズン。そして2年目には世界選手権があって…。
司会:いや、世界選手権は今シーズンですね。来年2月です。
佐々木:あ、失敗できませんねえ(笑)
司会:ビッグレースが続くんですよ。そんななかで湯浅選手、今後の予定を聞かせてもらえませんか。春に膝の手術をしたということですが。
湯浅:そうですね。ちょうど先週で手術してから3カ月たったんですけど、本当に大がかりな手術をしまして。膝の軟骨が欠けてしまった部分に穴を開けたんです。で、穴を開けても再生機能がないので、いっさい血が出てくれない。そこでその奥まで軟骨の奥に当たる部分に穴を開けて、わざと怪我をした状態を作ったんですね。そうすることで「ここ怪我しているから治してね」という指令を脳に送るという、わりと原始的な手術です。よくなることを願っています。今のところ順調にきています。本来ならば8月にニュージーランド遠征があるんですけど、それはスキップして11月のアメリカ遠征から参加する予定です。日本代表を10数年ぶりに外れまして、これは隣りにいる先輩も経験されていますが、代表ではなくなった。そうなるとできる部分、できない部分の両方があるんですが、当然、成績が戻ってくればまたナショナルチームに入れると思います。ただ入るかどうかというのは…
佐々木:めざすのはそこじゃないから。
湯浅:そうなんです。純粋にこれまで通り、世界一、ヒルシャーを倒して世界一になるという目標に向かい続けるだけ。20年ぶりにスキーを変えて、また新しい環境で戦うことに非常にわくわくしています。どんな滑りができるのか。楽しみで仕方がないですね。
司会:我々としてもとても楽しみですね。応援している方々も、どんな滑りを見せてくれるのか? まずは11月のアトミックチームのアメリカ遠征に行って、その後はまた年末の全日本選手権、ファーイーストカップを含めて、レースを回るようなスケジュールになるんでしょうね。
佐々木:すばらしい。
司会:加藤選手にも、今後の予定を聞かせてもらいたいと思います。
加藤:僕は8月4日にナショナルチームの遠征に出発します。スイスのサースフェーという氷河スキー場で雪上トレーニングです。
佐々木:その前に、フィジカルトレーニングの合宿がもう1回あるよね。
司会:厳しい教官が耳元で囁いていますが、フィジカルの合宿があるわけですね。
加藤:そうですね。遠征の後は、まだ詳しく決まっていませんが、おそらくヨーロッパカップ、ワールドカップをめざしてトレーニングを続けます。
司会:10月の終わりにはセルデン(オーストリア)でGSのワールドカップ開幕戦が行われますね。
佐々木:10月最後の週末に開幕ですね。聖五の場合は、当然そこを視野に入れて。
加藤:はい、去年は出られなかったので。
司会:去年はGS開幕戦が加藤選手のワールドカップデビュー戦になる予定だったのに、悪天候でレース自体が中止となってしまう不運があったんですよね。
佐々木:今年は若手に関してはスピードトレーニングにも力を入れるので楽しみです。
加藤:スピード系は僕としてもやっていきたいので、楽しみです。
司会:得意だしね。
加藤:スピード系をやることによって、やっぱりターンも速くなるので、どんどんとりいれてGSやスラロームにつなげていきたいと思います。
司会:さあ、最後に佐々木さん。今後の予定は?
佐々木:え、俺も? 今後の予定は、映画を完成させること(笑)。Akira's Project。今までモンゴル、ノルウェーと最高の景色の中で撮ってきた映像があるんですけど、それに日本の谷川岳で撮った映像を加えて完成させる。最後の1本がまだ撮れていないので、最高の映像を撮って最高のムービーを仕上げたいですね。
加藤:谷川岳ってけっこう危険な山なんですよね。
佐々木:そう、世界には厳しい山、ヒマラヤ山脈とかたくさんあるけれど、もっとも多くの登山家の命を奪っているのが谷川岳。800人以上が亡くなっているといわれていますけど、そういう山です。
司会:遠くから見ると、素晴らしく美しい山ですけど。
佐々木:初めてこの山のピークに立ったとき、足ががくがく震えた。
司会:やっぱり明さんでも震えちゃうんですか?
佐々木:もう震えちゃいます。震えまくりですよ。でもスキーをはいた瞬間、ピタッと止まりますけどね。ですから最後に最高の画を撮って、Akira's Projectを完成させますので、楽しみにしていてください。

Akira's Project予告編はこちら

司会:さあ、日本のアルペン界を代表する3人の方々にお話を聞いてきましたが、ここでお時間となりました。最後にせっかくですので、きょうは、こんなものをご用意いたしました。ジャジャン!、選手サイン入りTシャツ争奪じゃんけん大会いー!

(拍手 引き続きじゃんけん大会に

 

※司会は田村茂雄氏(アメアスポーツジャパン㈱)