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世界選手権男子スーパーGでカナダが金&銅メダルを獲得

February 10, 2017

2月8日に行なわれた男子スーパーGは、カナダのエース、エリック・ゲイが優勝。2位にチェティル・ヤンスルッド(ノルウェー)をはさみ、3位もカナダのマニュエル・オズボーン-パラディという結果になりました。
ゲイは今年35歳のベテラン。前回のビーヴァー・クリーク大会のスーパーGで優勝したハンネス・ライヒェルト(オーストリア)の34歳8カ月という記録を抜いて、史上最年長での世界選手権金メダリストに輝きました。

彼が初めて注目を浴びたのは、2003年の世界選手権のことです。場所は今回と同じサン・モリッツ。ダウンヒルとスーパーGの2種目で6位に入賞しました。当時まだ22歳だった彼は、その時点でのワールドカップ最高位が20位という無名の存在だったので、いきなりの6位入賞はかなりの驚きでした。まるでスーパーマンごっこをする子どものように、カナダ国旗を肩からなびかせて表彰式に現れたのを今でもよく覚えています。

 

 2003年のサン・モリッツ世界選手権でスーパーG6位となったエリック・ゲイ

 

 

2001年のデビュー以来、16年間のワールドカップ生活のなかで優勝5回。2009/10シーズンにはスーパーGの種目別タイトルを獲得し、また2011年にガルミッシュ・パルテンキルヘン世界選手権ではダウンヒルで金メダルを獲得しています。

ただし、高い実力と長いキャリアのわりに注目されることが少なかったのは、何度も大怪我をしていたからです。
彼自身の話では、前十字靭帯、内側側副靱帯、半月板など次々と故障し、膝だけで6回の手術を経験。さらにつねに深刻な腰痛も抱えているそうです。ダウンヒラーの宿命とも言えるでしょうが、壮絶なスキー人生を歩んできたわけです。
「これまで何度も怪我をしたし、先週はガルミッシュで大クラッシュ。そんな苦しい日々のことを考えると、世界選手権チャンピオンとしてここに立っていることが信じられ
ない。今の気持ちをどうやって表したらいいのだろう」

ガルミッシュでのクラッシュというのは、下のCBC Sportsの YouTubeアカウント

 

 

↑ の冒頭でも見ることができますが、ジャンプの直前、雪面にエッジをとられ、バランスを崩したまま空中に放り出されました。約60m飛ばされて雪面に叩きつけられました。大事故になりかねない危ない状況でしたたが、バックプロテクターに内蔵されたエアバッグが開き、奇跡的に怪我なし。今はお尻に大きな血腫があるだけで、スキーをするのに大きな問題はないようです。
「今はそのシーンをテレビで見ても大丈夫だが、でも飛び出す瞬間の恐ろしい感じはまだはっきり残っている」とゲイ。
「今はそのシーンをテレビで見ても大丈夫だが、でも飛び出す瞬間の恐ろしい感じはまだはっきり残っている」ということです。
前日に行なわれたダウンヒルのトレーニングランではまだ精神的なダメージを払拭しきれず、スタート前にかなりナーバスになっていました。ただ、いざスタートしてからは、いつもと変わらず滑れたので安心した」

派手なクラッシュの次のレースで金メダルを獲得という点では、長野オリンピックでのヘルマン・マイヤー(オーストリア)が思い出されます。ダウンヒルで転倒し、そのままコース外へと50m級のダイブをしたあげく、ネットを2枚突き破るという恐ろしいクラッシュを演じながら、次のスーパーGで優勝。ハーミネーターという異名がついたのも、この信じられないような不死身ぶりによるものでした。
そのことを質問されたゲイは
「そうだね、僕もあのシーンは忘れられない。実は2003年の世界選手権のとき、ウェンゲンでひどいクラッシュを食らって、約1カ月間スキーができなかったんだ。そして世界選手権が復帰後最初のレースだった。そのときも今回も、ドクターやコーチ、フィジオやチームメイトたちの協力と励ましがあったからこその金メダルだ。支えてくれた人たちには本当に感謝している」と語っています。

 

 2011年のガルミッシュ大会のDHに続き、2個めの世界選手権金メダルを獲得したエリック・ゲイ  Pool Photo

 

 

3位となったマニュエル・オズボーン-パラディ、ワールドカップでは誰もが彼をマニーと呼んでいますが、彼もまた度重なる怪我から復帰してきた選手です。ゲイとは2歳違いの彼は、3カ月前に初めての子どもが生まれたばかりで、しかも2月8日は彼にとって33回目の誕生日でした。
この日、マニーのスタート順は26番。そしてWCSL(ワールドカップスターティングリスト)では25位というランキングでした。はっきり言って彼のメダル獲得のチャンスは限りなく小さく、多くの人は、もう表彰台の顔ぶれは変わらないだろうと思っていたことでしょう。しかし、そんななかコースに飛び出した彼は、素晴らしいスピードで爆走。アレクサンダー・オーモット・キルデ(ノルウェー)を表彰台から押し出し銅メダルを獲得しました。

 

「正直に言うと、世界選手権だというのに今日はあまり気分が乗らなかった。でもスタート地点に設置されたモニターでエリックの滑りを見て、スイッチが入った。そしてもうすぐ僕のスタートというときに、彼から電話が入ったんだ。コースの印象や気をつけるべき箇所についてアドバイスをくれた」とマニー。
 

この言葉からも分かるように、彼はあまり優等生タイプではありません。たとえば、2011年7月には、カルガリー・スタンピード(10日間の期間中に140万人が集まる世界最大のロデオショー)の最中、酒に酔った彼は走っているバスの屋根に上ったあげく、バランスを崩して転落。牽引用のフックに洋服がひっかかり、そのまま80mも引きずられるという事故を起こしています。幸いにも大事には至りませんでしたが、このとき彼はシャモニーのダウンヒルで負った大怪我からのリハビリ中。復帰に向けた大事な時期での不祥事に、大きな批判を浴びる羽目となりました。
しかし、この件で深く反省したのか、レースに戻ってからの彼は懸命に復活への道を模索してきました。今季のスーパーG第1戦での彼のスタート順は54番。そこからわずか2カ月で25番にまでランキングを戻してきたのは、並大抵の努力ではありません。

 33歳の誕生日を世界選手権銅メダルで自ら祝ったマニュエル・オズボーン-パラディ        Pool Photo



「エリックがあれほど素晴らしい滑りを見せてくれなかったら、そしてスタート直前に電話をかけてきてくれなかったら、間違いなくこのメダルはなかった。スキーは個人競技。僕にアドバイスすれば、僕が彼から勝利を奪ってしまうかもしれないのに、アドバイスをくれた。つまり個人が勝つためには、ひとりひとりがチームとして動くべきなんだ。今日はエリックからそんな大事なことを教えてもらった」とマニーはレースを振り返ってこう語りました。

本来は、エリック・ゲイもマニュエル・オズボーン-パラディも、スーパーGよりダウンヒルが得意な選手です。大会前はあまり下馬評に上ることがなかったふたりですが、土曜日に行なわれる男子ダウンヒルのメダル候補として、俄然注目度が高まることでしょう。

 

公式リザルト

 


 

 

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