冬季アジア札幌大会の前走者たちの映像

アルペン最強国オーストリアの分厚い選手層に隠れ、高い実力を持ちながらなかなかチャンスをもらえなかったヘルマン・マイヤーが、23歳にしてようやく日の目を見たのは、ワールドカップの前走をつとめたことがきっかけです。1996年の1月、彼の生まれ育った村フラッハウで初めて行なわれた男子GSに、ヘルマンは前走者のひとりとして参加することを許されました。同年代のライバルたちはとっくに選手としてワールドカップ出場していました。10代の後半、ナショナルチームへの昇格争いが厳しくなる年代を膝の成長痛に苦しんだ彼は、思うような成績を残せずに、ライバルたちとの争いから落ちこぼれてしまったのです。 しかし、このチャンスを彼は見事にものにしました。子どものころから毎日のように滑り慣れたコース(現在、このコースは“Hermann Maier Weltcup Strecke - ヘルマン・マイヤー・ワールドカップコース”と名付けられています)を思う存分アタックし、前走者にもかかわらず、誰よりも速いタイムを記録。その豊かな才能がようやくコーチたちの目に止まりました。すぐにチームにピックアップされた彼は、ワールドカップ・デビュー戦でいきなり11位に入賞し、評価を決定的なものに。その後のサクセスストーリーは、ファンの方ならよくご存知でしょう。

フラッハウにあるヘルマン・マイヤー博物館。歴史的スーパースターの快進撃は故郷のレースの前走から始まった(写真:内田雪)


今回の冬季アジア札幌大会でも、前走者として札幌第一高校等多くの高校生が参加していました。前走としてコースに挑むだけではなく、コース整備にも大活躍。裏側からこの大会の成功を支えてくれていたわけです。彼らが将来どのような選手に成長するかはわかりませんが、今回の経験が役に立つことを願います。 ヘルマン・マイヤーの例でもわかるように、チャンスはどこに転がっているかわかりません。問題はそれをつかみ取れるかどうか。

今回の高校生たちにとっては、トップ選手から盗めるものもたくさんあったことでしょう。つねに全力で手を抜かずにいることが、成功への唯一の近道です。 そんな彼らの労に敬意を表して、何人かの滑走シーンをご紹介します。動画を撮ることがメインではなかったので、残念ながら全員の映像はありません。写っていない選手は、ごめんなさい。

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