C・ライトナーがフィンランドのコーチに復帰
2014年のシーズンまで日本の男子チームのコーチだったクリスチャン・ライトナー(オーストリア)。その後、スペインチームと電撃契約したり、昨シーズンはプライベートチームを率いたり、ちょっと迷走気味でしたが、この春から古巣であるフィンランドの男子技術系チームのコーチに就任したようです。

2016シーズンはスペインチームを率いていたクリスチャン・ライトナー
ライトナーはオーストリアのキッツビュール出身で現在52歳。父親は1950年台後半から60年代にかけて活躍したヒアス・ライトナーです。まだワールドカップ創設前のことですが、オリンピックや世界選手権で数多くのメダルを獲得した伝説的な名選手。同時代にコルチナ五輪のアルペン三冠王トニー・ザイラーや日本でも人気者だったハンス・ヒンターゼアの父、エルンスト・ヒンターゼアがおり、3人が3人ともキッツビュールの出身です。アルペンレースの聖地とも言われ世界的に有名なリゾートとして知られるキッツビュールですが、その大きな理由のひとつとして彼らの存在があったことは言うまでもないでしょう。
下の写真は、ワールドカップキッツビュール大会の観客スタンドです。ノスタルジックな巨大ポスターが貼られていますが、真中のカット、左からふたり目にいるのがヒアス・ライトナーです。 そのヒアス・ライトナーは現役引退後、札幌五輪に向けて本格的な強化を始めた日本チームの特別コーチを務めたことがあります。1970年頃のことです。おそらく彼が日本チームにとって最初に正式な契約を交わした外国人コーチ。つまり、日本のアルペン界は約40年を隔ててライトナー父子両方から指導を受けたことになるわけです。

キッツビュールのダウンヒル観客席。巨大なポスターで飾られていた
さてクリスチャン・ライトナーに話を戻しますが、彼自身にレーサーとしての輝かしい実績はありません。しかし早くから指導者として手腕を発揮し、とくに1990年代の終りにフィンランドチームを率いてからは、カレ・パランダー、サミ・ウォティラらを世界のトップに押し上げました。それまでアルペンレースの土壌がほとんどなかったフィンランドに種を蒔き、たっぷりと養分を与えて花開かせた手腕は高く評価され、アルペンの名コーチという話題になったときには、必ず名前のあがる存在となりました。 2010年のバンクーバー五輪の後、ライトナーはゲオルク・ヘルリゲルの後任として日本チームと契約。大物コーチの就任に期待は膨らみました。ところが、いざフタを開けるとやや強権的とも言える彼の指導法は当時のナショナルチームのメンバーと相容れず、とくに初年度は激しい衝突もあったようです。その後、お互いに歩み寄り、一定の信頼関係は築くことができましたが、完全にチームがまとまったかと言えば、そうではなかったように思います。本来ならば平昌五輪までの長期政権となるはずでしたが、契約は道半ばの5年で終了。ベテランが力を出しきれず、中堅・若手の底上げにも思うような成果が上がらず、結果的にバンクーバー五輪以後の5年間は、お互いにとって、あまり実りあるものとはなりませんでした。

6年ぶりに日本チームに戻ってきたゲオルク・ヘルリゲル
そんなクリスチャン・ライトナーですから、今回のフィンランドへの復帰には心中期するものがあるはずです。1997年から2000年生まれという若い選手ばかりのチームなので、来年に迫った平昌五輪というよりも、2022年の北京五輪に向けての強化となるでしょう。
奇しくもゲオルク・ヘルリゲルは、昨シーズンから古巣である日本チームに復帰。今回の彼のミッションは北京五輪への強化ですから(湯浅直樹を中心としたワールドカップチームは大瀧詞久コーチが担当)、お互い同じ目標に向かってコーチとしての手腕を競うことになります。
果たして、どちらがより大きな成果をあげるのか。ふたりのオーストリア人コーチの勝負にも注目したいと思います。