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フラッハウの女子ナイトスラローム。シルトを逆転し シフリンがスラローム7連勝

 1月9日に行なわれたワールドカップ女子スラローム第8戦の舞台は、オーストリアのフラッハウ。サルツブルクから約1時間と比較的便利な場所にあり、あのヘルマン・マイヤーの出身地としても知られるスキー場です。もっともスケールは中規模で、1990年代からワールドカップの会場に使われるようになりましたが、レギュラー会場とまではいかず、数年に1度開催する程度という状態が長く続いてきました。それが2010年に女子のスラローム会場として名乗りをあげてからは、毎年開催が定着。火曜日の夕方から始まるナイトレースというフォーマットが受け、女子のワールドカップのなかでも一二を争う人気イベントとなりました。男子のナイトスラロームに5万人の大観衆が集まるシュラドミングは、ここから約30分の距離にありますが、男子のシュラドミングに対し女子のフラッハウという図式が、すっかり定着したといってよいでしょう。

火曜の夜に2万人が集まるフラッハウ。女子のワールドカップでは有数の人気イベントだ

 フラッハウのここ数年の観客数は約2万人。日が暮れるとともに、山あいの小さな村にたくさんの人たちが集まり、アルペンレースを観戦しながら仲間たちとひとしきり盛り上がり、そしてレースが終わるとその余韻とともに、幸せな気分で家路につく。そんな豊かなスキー文化を感じさせる羨ましいばかりのイベントなのです。

ゴールエリアの巨大スタンド。ここからはコースの大部分が見通せる

 アルプス地方は先週後半から天候が大荒れで、ワールドカップもその影響を大きく受けました。男子のGSとスラロームが行なわれたアデルボーデン(スイス)では、麓からスキー場へと通じる道路が雪崩で通行止めになり、レースこそ無事に開催されたものの大きな混乱は避けられず、またウェンゲンでは突風のためにゴールの観客席などに大きな被害が出たということです。ここフラッハウでは実質的な被害はありませんでしたが、レース当日は激しい雨が降り続き、一時は開催が危ぶまれるほど。しかし、次第に雨足は弱まり、1本目のインスペクションが始まった午後4時過ぎにはやみました。それに伴ない気温も下がり、ボコボコに荒れることが予想されたコースはそれなりに締まり、レースは大きな支障なく無事に行なわれました。

コースは中斜面がほとんど。数カ所あるウェーブが意外な落とし穴になる



 レースは“ヘルマン・マイヤー・ワールドカップコース”と呼ばれる斜面を使って行なわれます。かつては男子のGSも開催されたコースですが、パワフルな剛腕レーサーとして一世を風靡したヘルマンの名前を冠する割には、コースは女性的です。スタートからゴールまでほぼ直線的に中程度の斜度が続き、所々にごく短い急斜面が現れるというプロフィール。地形への対応というよりも、どれだけ思い切って行けるか、いわゆる“フルガス”でのアタックが勝負を分けるタイプのコースと言えるでしょう。  これまでの成績を見てみると、ここで2回の優勝を飾っている選手が3人。ミカエラ・シフリン(アメリカ)、ヴェロニカ・ズズロヴァ(スロヴァキア)、そしてフリーダ・ハンスドッター(スウェーデン)です。このうちズズロヴァは、膝の前十字靭帯断裂の重傷を負い、今季は戦線離脱。したがって過去に優勝経験を持つシフリンとハンスドッターに、今季第1戦でシフリンを破った新鋭ペトラ・ヴルホヴァ(スロヴァキア)、さらに優勝こそないものの安定して上位に食い込んでいるウェンディ・ホルデナー(スイス)らが絡むという展開が予想されました。

昨年の大会で優勝したフリーダ・ハンスドッター。このコースを大の得意としている

 しかし1本目のベストタイムを奪ったのは、意外にもベルナディッテ・シルト(オーストリア)。かつてのスラローム女王で、ベンジャミン・ライヒと結婚し一児をもうけた現在では、テレビ解説者としても活躍するマルリス・シルトの妹です。早くから注目される存在でしたが、なかなかトップに定着することができず、しかも事あるごとに女子スラロームで最多勝記録を持つ偉大な姉と比較されるという損な役回り。アトミック一筋で選手生活を全うした姉とは対照的に、頻繁にマテリアルをチェンジして突破口を模索するなど、苦しい時を過ごしてきた選手でもあります。しかし、昨年からは第1シードに入り、さらに今季は開幕からトップ7として毎レース表彰台争いに加わる躍進を見せています。そんな上り調子のシルトは、1本目1番スタートという好条件を生かして、最高の滑りを完成。シフリンに、0秒37の差をつけてトップに立ちました。一方レヴィでウルホヴァで負けてからは、スラローム破竹の5連勝中で、しかも1本目は必ずベストタイムでリードしているシフリンは「少し攻撃的に行き過ぎた」というややラフな滑りで2位。3位には「一番好きなコースはフラッハウ。なぜかここではいつも素晴らしい滑りができる」というベテランハンスドッターが、のびのびとした滑りで好位置につけました。


1本目のベスト・タイムは地元オーストリアのベルナディッテ・シルトが記録した

フリーダ・ハンスドッターは3位につけた


 シルトから1秒以内で続いたのはこのふたりだけでした。前走の4選手が滑った段階で、すでに何本ものゲートにくさびが打ち込まれるという状況。雨でグズグズに緩んだ雪は、急激な冷え込みである程度は固まったとはいえ、やはりスタート順が大きくものをいう展開となり、上位はひと桁ゼッケンの選手たちで占められました。  注目選手のひとり、スラロームのポイントランキングでもシフリンを135点差で追いかけるペトラ・ヴルホヴァは、最初の斜面変化でポールをまたぐ片反。さらにウェンディ・ホルデナーも第1計時をシルトにわずか100分の4秒遅れという好タイムで通過しましたが、やはり片反で途中棄権に終わりました。その後も多くの選手が転倒やコースアウトで途中棄権。レースは生き残りゲームの様相を呈してきました。


シフリンの最大のライバルペトラ・ヴルホヴァは1本目でポールをまたぎ途中棄権

 そんななか、日本選手が健闘。34番長谷川絵美(サンミリオンSC)、36番安藤麻(東洋大学)、58番清澤恵美子(成城SC)というスタート順から、全員がよく粘ってゴールしました。年末の全日本スキー選手権(国設阿寒湖畔スキー場)を終え、再びヨーロッパに戻った彼女たちは、1月3日ザグレブ(クロアチア)のスラロームを皮切りに、6~7日クラニスカ・ゴーラ(スロヴェニア)でGSとスラローム、そして9日フラッハウにスラロームと1週間足らずの間に場所を変えての4連戦という過密スケジュールです。しかし、平昌五輪への代表選考は実質的にこれがタイムリミットとなるため、力を振り絞って戦わなければなりません。全日本のスラロームで優勝し、比較的気持ちに余裕のある安藤はともかく、故障を抱えながら最後のチャンスにかける長谷川と清澤にとっては厳しいレースとなりました。

長谷川絵美は終盤の遅れが響いて39位に終わった

 長谷川の滑りは悪くはありませんでした。第2計時では2本目進出圏内のタイムで通過。しかし、コース最終盤、うねりの続く部分でわずかに遅れて39位という順位でした。また、清澤はすでに大きく荒れたコースに阻まれ自分の滑りができず、終盤大きなミスもあって50位に沈みました。ともに2本目に進むことはできず、これで平昌五輪への道は閉ざされたことになります。


平昌五輪に向けた最後の挑戦も及ばなかった清澤恵美子。翌朝引退を発表した

 一方安藤は、ゴールした時点で26位。後続の選手次第では31位以下に押し出されかねないという微妙なポジションで、1本目の終了まではハラハラ・ドキドキの時間を過ごしました。しかしぎりぎり30位でクオリファイ。31位の選手とは100分の1秒差というきわどさでした。2日前のクラニスカ・ゴーラと同様(このときは29位タイ)2本目は1番スタートとなった彼女は、まだまっさらのコースを気持ちよく滑ってゴール。最終的には24位にまで順位を上げてワールドカップポイント7点を獲得しました。ワールドカップでの五輪選考基準である20位以内2回以上というラインはクリアできませんでしたが、これで今季3度目の入賞です。落ち着いて自分の滑りをすれば、確実に2本目に進むことができるという自信を得たはずで、今後のレースに大きな力となることでしょう。

ミスもあったが粘って1本目30位の安藤麻。2本目は12位の滑りで順位を24位に上げた


 2本目は、1本目の上位3人が見応えのあるレースを見せてくれました。まずハンスドッターがベストタイムでゴール。それをシフリンが1秒43も上回って、最後に滑るシルトにプレッシャーをかけるという展開です。 「今日は自信を持って臨んだレースだった。でも1本目はまっすぐ行き過ぎて細かいミスを重ねてしまった。2本目はもう失うものはなかったので、全力で挑んだ。選択肢はひとつ。ただ行くしかなかった」とシフリン。彼女が失うものはなかったというのは、1本目でヴルホヴァがアウトしたため、かりにシフリンがこのレースで無得点に終わっても、スラロームのタイトル争いには大きな影響はなかったということです。したがって何の重圧もなく、2本目にフルガスの滑りをすることができたシフリン。「どんな結果になろうとプレッシャーはいっさいなかった。楽しんで自分の最大の力を出すことだけを考えることができた」と2本目を振り返ります。

久々に追いかける立場となったミカエラ・シフリン。当然のように逆転勝利

対するシルトは、守りの滑りを見せました。 「2本目をミカエラの後に滑るのは初めてだし、少し奇妙な気持ちだった。ミカエラの滑りを見ていたけれど信じられないほど素晴らしかった。だからスタートの直前、自問自答した。『本当に彼女に勝つ気がある? だったら、フルにリスクを冒して勝負しなければならないわよ』と。すると私には、まだその覚悟がないことがわかった。正直に言うと、2本目はミカエラに勝つことではなく表彰台に立つことを目標に滑った。だからゴールで2位だったことがわかったときには、本当に嬉しかった」。レース後のシルトはこう語りました。正直すぎるほど正直なこのコメントの向こうに、今のシフリンの圧倒的な強さが透けて見えます。結果は当然のようにシフリンの逆転勝利に終わりました。0秒37のビハインドをひっくり返し、逆に0秒94差をつけての優勝です。 レース後の記者会見で「2位になって本当に悔しさはないか?」と質問されたシルトが「まったくないわ。あるのは2位となった純粋な嬉しさだけ」と笑顔で答えたのが印象的でした。彼女にとって2位は自己ベストタイ。2012/13シーズンのスラローム最終戦以来の最高位です。

「2本目は表彰台狙いだった」と正直に語ったベルナディッテ・シルトは大満足の2位入賞

「地元の大観衆の前で1本目でトップに立ったベルナディッテが、いったいどれだけの重圧を感じているか、私には痛いほどわかった。でもそれに押しつぶされず、2本目も素晴らしい滑りだった」とシフリンはシルトを称えましたが、現時点で力の差ははっきりしています。かつて、インゲマル・ステンマルク(スウェーデン)が全盛を誇っていた頃、ライバルたちはステンマルクと同時代にワールドカップを戦わなければならない我が身の不運を嘆きました。どんなに素晴らしい滑りをしても、その上にはいつもステンマルクがいたからです。そして「インゲマルの次の2位ならば、それは優勝と同じ価値があるよ」と互いに慰め合ったといいます。今のシフリンを見ていると、そんな伝説を思い出してしまいます。今季のワールドカップで18戦9勝。総合はもちろん、スラロームとGS、そして驚くべきことにダウンヒルの種目別ランキングでも首位を走るシフリン(記録はいずれも1月11日現在)は、ワールドカップ史上最多の86勝をあげた、偉大なレジェンドの域に達しつつあると言ってもよいでしょう。

 地元のオーストリアはシルトの優勝は逃したものの、5位にカタリナ・トゥルッペ、8位にカタリナ・リエンスベルガー、10位にカタリナ・ガルフーバーと3人を送り込む大活躍。いずれも1996年、1997年生まれの新鋭たちが、詰めかけた2万人の観衆を喜ばせました。1年後、さらに成長した彼女たちを応援しようと、来年も多くのファンがこのナイトスラロームに集まるはず。そうして、アルペン王国オーストリアは、その強さを維持していくのでしょう。  レース後、清澤は引退を決意しました。というより、これで区切りをつけると覚悟した上でのレースだったのでしょう。深夜、私がまだオンラインなのを確認し、「本日をもってアルペンレーサーとしての競技生活に終止符を打ちます」とわざわざメールをくれました。そして、今後の日本アルペン界を、安藤麻や石川晴菜ら後に続く選手たちに託し、翌朝ツイッターで正式に引退を発表しました。  また、長谷川絵美は自身のブログhttps://ameblo.jp/emi-hasegawa8/entry-12343376619.htmlで、五輪への挑戦が終わったことを報告。ただし、「ちょっと今は先のことは考えていないので、今できる競技生活を全力で挑戦したいと思います」と今後の針路に含みをもたせながら、心境を綴っています。

 清澤と長谷川、それにすでに2年前に引退した星瑞枝の3人は、日本の女子チームがもっとも不遇だった時代をともに戦ってきた中心メンバーでした。たったひとりのコーチ、岡田翼コーチが孤軍奮闘し、チームカーの運転からスキーの手入れ、破損したポールの修理までしながらレースを転戦。そんな厳しい環境のなか選手たちは果敢に戦い、清澤は2回の世界選手権出場と4回のワールドカップ入賞(最高位はスラローム21位)、長谷川は3回の世界選手権3大会出場と12回のワールドカップ入賞(最高位はスラローム14位)と結果を残してきました。オリンピック出場という夢は叶いませんでしたが、今回、3大会ぶりに女子の五輪代表選手派遣へとSAJが舵を切ったのは、彼女たちの不断の努力があったからこそ。その意味で、ふたりの戦いが日本の女子アルペン界に残した足跡は、とても大きなものがあります。清澤選手には感謝と労いの言葉を、そして長谷川選手には、彼女にとってのホームコースでもあるクロンプラッツ(1月23日ワールドカップGS第6戦)での奮起を期待したいと思います。

長谷川絵美(サンミリオンSC)

清澤恵美子(成城SC)

安藤麻(東洋大学)

清澤恵美子

女子チームを支える久保田運也(左)、長田新太郎両コーチ


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