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ダウンヒルからスキークロスへ

たなステージ頂点をめざす日本最速スピードスター

須貝龍(チーム・クレブ)

Ryo SUGAI

Team Xrab

ようやく秋めいてきた9月の初め、例年ならばヨーロッパの氷河で練習しているこの時期に、須貝龍(すがい・りょう)は白馬さのさかスキー場でウォータージャンプの練習に励んでいた。ダウンヒラーとしてのキャリアに終止符を打ち、スキークロスに新たな道を求めたのだ。日本人唯一の高速系レーサーとして世界に挑戦し、ワールドカップ入賞まで果たした彼がなぜ針路を変えたのか? その転身に至る経緯と新たな挑戦への決意を語る。
 

『月刊スキーグラフィック2018年11月』に掲載した記事を再編集しました。データ・所属・役職等は2018年当時のものです。

転向することへの迷い

「率直に言えば、だいぶ悩みました。最初にSAJ(全日本スキー連盟)から話をもらったのは、3月の終わりくらい、4月に入ってからかな? そのときは、まだヨーロッパにいて、スロヴェニア選手権に出ていました。調子も良くてアルペン・コンバインドのFISポイントを更新。世界ランキングで52位にまで上がったので、僕自身、最初は転向する気はまったくなかったんです。結論を出すまでには少し時間をもらって、最終的に転向すると伝えたのは6月です」
「この3シーズン、ワールドカップのダウンヒル、スーパーGとアルペン・コンバインドに出場してきたなかで、世界のトップに行くためには何をすべきなのか、どんな体制でどう戦えば通用するのかという道すじが、なんとなく見えてきた。と同時に、現状ではその道を進むのはむずかしいというのも実感していました。日本には高速系のチームが存在しないので、自分のお金と自分のオーガナイズでレースを戦わなければいけない。そういう環境の中では、残念だけど、どうやっても目標には届かないなと。ある意味でダウンヒルはチームスポーツなんです。先に滑った選手からの情報を、いかに自分の滑りに活かすか。その情報は多ければ多いほどいいわけですからね。僕自身はナショナルチームに所属していないので、たとえばスロヴェニアチームと一緒に転戦したり、ナショナルチームが機能していない小国の選手たちが集まってひとつのチームを作って戦ったりと、いろいろ工夫しながらやってきました。でも、それにも限界があって、なかなか強豪国の壁を破ることは難しかったですね」

アルペンのワールドカップには通算21レース出場し、最高位はウェンゲンのアルペン・コンバインド29位

スキークロスでの目標

「もちろん、ワールドカップでの優勝をめざします。プランとしては4年計画。次の北京オリンピックまでですが、僕としては最長8年を視野に入れて戦っていきたいと思います。
今年(注・2018年)の夏は、スキークロス選手の第一歩としてニュージーランド、オーストラリアに遠征に行きました。そのなかで4レースに出場。良いレースも、納得できないレースもありましたが、アルペンだと失敗するとその日は1日中面白くない(笑)。でもスキークロスだと、そうでもないんです。たとえばあるレースでは決勝で他の選手と接触して4番(びり)になったのですが、何か面白さを感じた。何でなのかわからないんですけど…。スキークロスでは、スタートからゴールまで速く滑る方法が一つだけではないんですよね。ウェーブの処理、スタート出て最初のコブを飛ぶのか飛ばないのか、そんなことを選手同士でいろいろ話し合って、どれが一番速いのかを見つけていくんです。
面白いことに、それはダウンヒルと一緒なんですよ。ダウンヒルでも、あそこのライン取りどうしようとか選手同士で相談したりする。コーチサイドではわからないこともけっこうあるので、そのへんは選手がチームを超えてアドバイスし合うんです。ライバルでもあるのに、互いにアイディアを交換する。お互いを認め合っている、リスペクトし合っているからこそ相手の言うことも聞けるし、受け入れられるということですね。選手全員に独特の一体感があるという点が、ダウンヒルとスキークロスに共通していると実感しました。もちろんレースで接触したりすると、ゴールしたあと揉めることもあります。お前引っ張っただろう!とか。でも一方ではお互い助け合って、それは予選から決勝までずうっとそうなんです。それがすごく面白いですよね」

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迷いはあったが、今はもう吹っ切れたという。静かな口調でスキークロスへの意欲を語ってくれた

スキークロスでの目標

「でも裏を返せば、それだけコースの攻略法がたくさん考えられるということなんです。ウェーブ、ジャンプ、ターンとバリエーションがたくさんあって、たとえばターンにしてもバンクの付き方それぞれ違っていたりする。ですから、ダウンヒルよりもスピードは遅いけれど、たしかに攻略法はいろいろあって面白いです」
「ターンの作り方などは、基本的に同じですね。アルペン競技で培った技術がそのまま応用できます。逆にジャンプはかなり違います。アルペンでは飛び出しの部分が上を向いたジャンプはありません。でもスキークロスでは、上向きのジャンプが当たり前。そのなかでもいろいろなパターンがあって、大きく飛んで飛距離を出したほうが速いジャンプと、なるべく飛ばないで早く着地したほうがいいジャンプがあって、それぞれの対応がむずかしいです。実戦経験が4レースしかないので、まだわからないことがたくさんあります。自分から踏み切って飛距離を出さないと次のコブに引っかかってしまったり。アルペンでは基本的に踏み切らないので、タイミングが合わないんです。ですから今回のウォータージャンプ合宿では、自分から踏み切ったり、そのまま成り行きで飛んだり、あるいは上から押さえつけてなるべく距離を飛ばないようにしてみたりなど、いろいろ練習しています。そういうスキルが自分に増えるということは楽しいですね。この歳になって、できないことができるようになるという感覚が楽しいし、嬉しいです」

スキークロスの魅力と難しさ

「夏にニュージーランドとオーストラリアで4レースに出ました。1レースだけ、悪天候のために予選のタイムレースの順位がそのまま最終成績になりましたが、それ以外の3レースはすべて決勝まで行きました。でも決勝では4位、3位、4位。スタート出遅れることが多かったです。そうするとなかなか抜くことは難しい。前に出た選手は、インを開けませんから。そこは作戦なんですけど、インをふさぐとターンの出口ではどうしてもアウト側に膨らむ。そこを狙ってズバッと抜くとか、そういう駆け引きは楽しいです。あとはジャンプかな。飛び出すまで先行する選手の後ろにつけて風の抵抗を減らしておいて、飛び出す瞬間横に出て一気に抜く。うまくいったときはとても気持ちいいですね」
「スキーはGS用のR30を使っています。スキークロスの専用モデルはだいたいR27かR28ですが、30でも曲がれないことはない(笑)。ターンにはある程度自信もあるので、30でも行けると思います。滑走性は明らかに高いですしね。コースによって、どうしても30だときついというときもあるでしょうから、GS用の古いモデル、
R27くらいの板も用意しておこうと思います。でも基本は30ですね」
「怪我のリスクということでは、スキークロスはけっして安全な競技ではないですよね(笑)。もちろんダウンヒルも相当危ないですけど、いくら気を付けていても、自分ではどうしようもない部分があるのがスキークロス。自分で積み上げてきたものを他人のせいで壊される可能性もあるんです。ジャンプの手前で板を踏まれたりとか…。それに関しては何も言えませんけど、あまり気持ちの良いものではないです。そのへんは起きるときには起きてしまうわけで、もう割り切るしかないと思います。でも毎日が新しい経験、新しい挑戦なので、新鮮です。まだまだやらなかればいけないことが山積みです。まずは一歩一歩この競技の経験を積み、もう一度世界に挑戦したいと思っています」


 

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未知の世界に足を踏み入れたばかりの須貝にとって、スキークロス初代ワールドカップ王者の瀧澤コーチのアドバイスは貴重だ

瀧澤宏臣コーチが語るスキークロスの“今”と須貝龍

 

スキークロスのワールドカップは、2002/03シーズンにスタートした。

その最初の冬の総合チャンピオンに輝いたのは瀧澤宏臣。

アルペン、モーグル、そしてスキークロスと渡り歩いてきた異色のスキーヤーだ。

この競技が初めてオリンピック種目となったバンクーバー五輪(2010)にも出場し、決勝トーナメントに進出。スキークロスの歴史とともに歩んできたレジェンドでもある。

その瀧澤がこの春、スキークロスの世界に戻り、ナショナルチームのヘッドコーチに就任。

5人の選手とともに、再び頂点をめざすことになった。

「スキークロスのナショナルチームは、以下の5人の選手で構成されています(注・2018/19シーズン)。
古野慧(慶應義塾大学)
吉越一平(野沢温泉SC)
古野哲也(ライフケア神戸・MRSC)
須貝龍(チームクレブ)
小林竜登(森川建設SC)
従来からのメンバー、古野兄弟と吉越に加えて、今季は須貝と小林が新しく選出されました。ふたりとも元アルペンレーサーで、とくに須貝はワールドカップで戦ってきたダウンヒラー、周囲からの注目度も高いでしょうし、もちろん私自身も期待している選手です」
「ワールドカップでの須貝の滑りを実際に見たことはありませんが、そこで戦いしっかり完走し、しかもアルペン・コンバインドではワールドカップ・ポイントも取っている。私自身もかつてアルペンレーサーでしたから、それがどのくらいすごいことなのかはよくわかります。スキークロスの選手は、程度の差はあるとしてもほぼ全員がアルペンレースの経験を持っています。では、どんなレーサーがスキークロスに向いているのかというと、オールラウンドに種目をこなせて、しかもスラロームのうまい選手。その点、高速系を世界レベルで滑れて、アルペン・コンバインドではスラロームでタイムを稼いでいた須貝は、適性としては、とてもスキークロスに向いているタイプだと思います」
「夏の南半球遠征でも、ポテンシャルの高さを充分に感じさせてくれました。自分のペース、自分のタイミングでスキーができるのが強みですね。スキークロスの練習を4日間しただけでレースに出場したのですが、実戦にも冷静に対応していました。まだ無理をせず、本当に対戦相手を抜く余裕のあるとき以外は、自分から仕掛けなくていい、という指示を出しましたが、落ち着いたレースぶりでした。今回のウォータージャンプの合宿でも、今やるべきことは何か、次のステップに進むために何が必要なのかを、つねに考えてやっているというのを強く感じますね。そのへんは、自分の力でダウンヒラーとしての道を切り開いてきたからこそなのでしょう」
「今シーズンの彼に望むのは、けっして無理をしないことです。スキークロスに必要なスキル、メンタリティ、そしてフィジカルな強さはすべて持っています。あとはひとつずつ経験を積んでいくこと。結果は絶対にあとから付いてくるはずです。2年後3年後が楽しみです。ただ、めざすところに行く着くためには、今年は我慢も必要。まずはベースをしっかち作ること。そしてスキークロスの楽しさ、難しさ、そしてリスクのことをしっかり覚えてもらいたいと思っています。

 

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